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研究内容

研究の位置づけ

電気化学は、電子やイオンが関与する化学現象を取り扱う化学の分野です。電気化学セルは2つの電極と両電極間の間に存在する電解質から成り立っています。反応は図に示すように、電極と電解質の界面で起こります。この電気化学セルを用いると、電気エネルギーと化学エネルギーを高効率で変換することが出来ます。リチウムイオン二次電池や燃料電池を代表とする電気化学デバイスは、自動車等の移動媒体用電源やスマートグリッドの本格普及での使用等、今後の環境・エネルギー問題の解決に向けて大きな役割を果たすと期待されています。本研究室では、電気化学を基盤として、無機・有機機能性材料化学、エネルギー化学等の分野に立脚し、新規機能性材料の開発、反応の解明とそれを基にした電気化学デバイスの性能向上に関する研究を展開しています。

 

研究内容1
about

 

具体的な研究テーマ

研究室で取り組んでいる研究テーマは大きく6つに分類されます。それぞれの研究テーマの詳細は以下のページで紹介しています。

 

 

リチウムイオン二次電池

高容量正極材料の開発

リチウムイオン二次電池は更なる向上が求められています。そのため、正極の高容量化を目指して、Li2MnO3に代表されるリチウム過剰系正極材料の開発を行っています。従来のLiCoO2などの正極では遷移金属によって充放電時の電荷補償がなされているため、取り出せる容量が限られていました。しかし、リチウム過剰系正極材料では、従来の正極材料とは異なり、遷移金属に加えて酸素も電荷補償を担うため高い容量を得ることができます。しかし、電荷補償によって酸素は不安定な状態となるため、繰り返し充放電を行うためには、酸素の電子構造の制御が極めて重要となります。当研究グループでは図に示すような電気化学測定と放射光測定を組み合わせたoperando分析を駆使することで充放電時の酸素の電子構造変化を明らかにしてきました(Chem. Mater. 2020, 32, 1, 139 – 147)。さらに高エネルギーX線コンプトン散乱法を用いることで、イオン結合性が極端に強いリチウム過剰系酸化物正極には、遷移金属のt2g軌道と酸素2p軌道間の静電反発によりπ結合性が弱く、酸素2p軌道が孤立して存在しており、ホールが孤立した酸素の2p軌道に導入されることを解明し、高容量正極材料の設計指針を明らかにしつつあります(Nature, 2021, 594, 213 – 216)。

 

Chem. Mater. 2020, 32, 1, 139 – 147

 

 

リチウムイオン二次電池正極材料の相転移機構解明

リチウムイオン二次電池などのエネルギーデバイスの材料内では、組成変化に伴う相転移経路が反応速度に大きく影響します。従って、材料の入出力特性向上のためには、相転移機構を明らかにすることが重要です。当研究室では電気化学測定とオペランドX線吸収分光測定、X線回折測定を駆使することで代表的な正極材料であるLiFePO4の相転移機構の解明に取り組んできました(Chem. Mater., 2013, 25, 1032 – 1039, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 5497 – 5500, Chem. Mater., 2017, 29, 7, 2855 – 2863, ACS Applied Energy Materials, 2018, 1, 6736 – 6740)。例えば、近年では230℃の溶融塩電解質を用いたオペランドX線回折により、高温でのLiFePO4の中間相の動的挙動について研究を行なっており、充電時には単相としての中間相を経由した逐次的な相転移が進行するが、放電時には3つの相が全体として共存することを明らかにしています(Chemistry of Materials, 2019, 31, 18, 7160 – 7166)。

 

車載用大型リチウムイオン電池の安全性に関する研究

電気自動車が広く社会に普及し、用いられる蓄電池の高エネルギー密度・高容量化が進む中、電池の余寿命評価技術、リサイクル技術、安全性評価技術が益々重要となってきています。当研究室では、試験環境下で車載用蓄電池内部の動的挙動を観察・記録する技術に着目し、高強度・高エネルギー放射光X線の高い物質透過能を活用して、安全性試験環境下で大型リチウムイオンの動的挙動を観察・記録するシステム開発を行っています。

 

 

硫化物型全固体電池

全固体電池のLiデンドライト抑制についての研究

リチウムイオン二次電池はさらなるエネルギー密度の向上が求められています。リチウム金属は、高い理論容量(3860 mAh g-1)と低い電極電位(-3.04 V vs. 標準水素電極)から、高エネルギー密度型電池の負極材として有望視されています。しかし、リチウム金属を負極に用いるためには、リチウムデンドライト生成による内部短絡による熱暴走のリスクやサイクル特性の劣化が解決すべき課題となっています。そのため、負極としてリチウム金属を利用するためには、リチウムデンドライトの生成を抑制する必要があります。 最近の研究で硫化物系固体電解質Li3PS4にヨウ化リチウム(LiI)を添加すると、リチウムデンドライトの形成が抑制されることが判明しましたが、この抑制の原因が固体電解質のイオン伝導度向上のためなのか、リチウム金属/固体電解質界面の電気化学的性質によるものなのかは不明でした。当研究グループでは、このデンドライト抑制の原因を定量的に解明することに成功しました。まず、Li3PS4にLiIを添加した際のデンドライト成長に対する界面の影響を、放射光施設で測定を行ったX線吸収分光法とX線CT(Computed Tomography)測定を用いて明らかにしました。その結果、LiIを添加したLi3PS4は、Li3PS4の還元分解の抑制により界面を維持し、デンドライトの形成を抑制することが明らかになりました。また、焼成温度にってイオン伝導度を変化させたLiI添加Li3PS4は、イオン伝導度の上昇に伴い、より大きなデンドライト抑制能力を示すようになった。これらの結果から、リチウム金属/固体電解質界面の物性と電解質自体のイオン伝導度の向上の両者がリチウムデンドライト抑制に寄与していること明らかにし、これら2つの因子の寄与の割合を定量的に決定しました。

ACS Appl. Energy Mater. 2021, 4, 2275−2281

 

 

液相法による硫化物固体電解質合成の機構解明についての研究

硫化物固体電解質は一般的に固相法によって合成されているため、大量合成が難しく、合成に長時間かかることが課題となっています。そのため、硫化物固体電解質を大量にかつ短時間で合成できる液相合成法が注目されています。しかし、液相合成で得られた硫黄固体電解質のイオン伝導度は、固相合成法で得られた硫黄固体電解質のイオン伝導度と比較して低いことが課題となっています。我々は高エネルギーX線回折およびPair distribution function (PDF)解析を駆使することで、異なる溶媒から液相法で合成された固体電解質のイオン伝導度と結晶度の関係を明らかにし、最適な溶媒を選択することで固相法により合成された硫化物固体電解質と同等のイオン伝導度を持つ固体電解質の液相合成方法を確立しました。

 

 

全固体フッ化物電池

フッ化物イオン電池正極の開発

高い重量エネルギー密度/体積エネルギー密度を有する二次電池を設計するために、フッ化物イオン電池の開発を行っています。固体内の拡散係数の大きい1価のアニオンであるフッ化物イオンをキャリアとして動かすことで、カチオンとアニオンの酸化還元を利用することが可能となります。近年、特にペロブスカイト類縁構造を有するRuddledsden-Popper型酸化物に着目し、フッ化物イオンのインターカレーションを利用した全固体フッ化物イオン電池の正極材料の開発や金属正極による基礎研究を推進しています。例えば、Sr2MnO3Fは、充放電時の体積膨張を抑制して、優れた電池特性を示しました(Chem. Mater 2022, 34, 609– 616)。また、安定で安価な酸化銅Cu2O正極が可逆的で高速な(脱)フッ素化挙動を示し、全固体フッ化物イオン電池として機能することを実証しました(Adv. Energy Mater. 2021, 11, 2102285)。

 

フッ化物イオン伝導体の開発

一般的に、固体中でのイオンの拡散は、液体中に比べ遅いですが、いくつかの固体ではイオンが高速で拡散する現象が現れます。室温でのフッ化物イオン伝導率を高めることは、既存のリチウムイオン電池の性能を凌ぐフッ化物イオン電池の室温使用への道を拓きます。そのため、室温で超イオン伝導を示すフッ化物イオン伝導体の創製を目指す研究を行っています。達成できた暁には、フッ化物イオン電池の高温動作の欠点を克服し、室温動作へ貢献できます。例えば、航続走行距離の長い車載用電源、自然エネルギー利用のための据置型蓄電設備の次世代蓄電池として応用できます。

 

固体高分子形燃料電池 触媒開発

固体高分子形燃料電池(PEFC)は、水素と酸素を化学反応させて直接電気を発生させる装置であり、環境負荷の小さいクリーンな発電デバイスとして、自動車用電源、家庭用分散電源への本格普及が期待されています。トヨタ自動車が発売している”MIRAI” にはこのPEFCが搭載されており、ご存じの方も多いかもしれません。PEFCでは、アノードで水素酸化反応(HOR)が起こり、カソードで酸素還元反応(ORR)が起きます。ORRはHORに比べて、4電子が関与する反応であるため速度が遅く、反応全体の効率を下げる要因となっています。現在、PEFCを作動させるためにはアノード/カソード両極に白金系の触媒が必須となっています。しかし、白金は資源量が少ない上、劣化を見越して予め余分な量の触媒が搭載されており、燃料電池のコストを削減することが難しいという問題があります。この課題を解決するためには、白金量を低減しつつ、白金そのものの活性を向上させる必要があります。そこで、触媒の動作条件下(operando)での構造解析にも積極的に取り組んでおり、触媒活性と構造における関係を明らかにしつつあります。本研究は、民間企業、国立研究機関、大学など多くの先生方との共同研究で進めています。

高活性形態制御触媒の開発

異方的な構造を有する触媒は、特異的な触媒能を持つことがあります。PEFCで使うPt触媒の場合、1次元的な構造異方性(ワイヤ形状)を持たせると、111面や100面などの酸素還元反応(ORR) に対して活性な面が露出することが知られています。しかし、ワイヤ形状触媒の形態や活性は研究者間で非常にばらつきがあり、実際にどの様な形態、組成の触媒が良いのかわかっていません。本研究では、ワイヤ形状や組成を実験条件を精密にコントロールし、真に高活性な触媒の創成を目指しています。

当研究室で合成したバンチ型ナノワイヤのTEM像

 

規則構造・表面修飾による高活性化、高耐久化

高活性な触媒ができたとしても実用化するためには耐久性が必要になります。PEFCセル内は強酸性条件かつ電位変動を受けるため、Ptであっても溶解析出が避けられません。そこで、本研究では結晶サイトが決まっている構造的に安定な金属間化合物(規則合金)、例えばL10型PtCo合金等を使った高耐久触媒の開発を目指します。また、これまでにない規則合金相の創成を目指し、共同研究を行っています。さらに、ナノ粒子表面を数原子層の炭素で被覆することで更なる耐久性の向上とその高耐久化機構を明らかにしつつあります。

L10型PtCoのSTEM像

 

固体高分子形燃料電池 高度解析

固体高分子形燃料電池(PEFC)は、水素と酸素を化学反応させて直接電気を発生させる装置であり、環境負荷の小さいクリーンな発電デバイスとして、自動車用電源、家庭用分散電源への本格普及が期待されています。トヨタ自動車が発売している”MIRAI” にはこのPEFCが搭載されており、ご存じの方も多いかもしれません。PEFCでは、アノードで水素酸化反応(HOR)が起こり、カソードで酸素還元反応(ORR)が起きます。ORRはHORに比べて、4電子が関与する反応であるため速度が遅く、反応全体の効率を下げる要因となっています。現在、PEFCを作動させるためにはアノード/カソード両極に白金系の触媒が必須となっています。しかし、白金は資源量が少ない上、劣化を見越して予め余分な量の触媒が搭載されており、燃料電池のコストを削減することが難しいという問題があります。この課題を解決するためには、白金量を低減しつつ、白金そのものの活性を向上させる必要があります。そこで、触媒の動作条件下(operando)での構造解析にも積極的に取り組んでおり、触媒活性と構造における関係を明らかにしつつあります。本研究は、民間企業、国立研究機関、大学など多くの先生方との共同研究で進めています。

Heavy-duty用高温作動PEFC触媒の状態解析

商用車等への応用を考えて、PEFCの高温運転が注目されています。従来の運転温度(80℃)よりも高い温度での運転により、触媒活性や物質移動の向上が期待できます。高温での反応速度の向上やアイオノマーの特異吸着の軽減などの利点がある一方、反応を妨げる要因となるPt酸化物形成の促進の可能性がありますが、高温運転時の触媒の挙動と発電特性の定量的関係についてはまだ解明されていません。そこで、高温・高圧に対応したMEAセルを開発し、オペランドXAFS測定により、Pt/C触媒における異なる温度でのPtの酸化状態及び局所構造の解析を世界に先駆けて行っています。

新しく開発した高温・高圧対応
オペランドXAFSセル

コアシェル触媒の活性と構造の関係

一般にORR活性は室温での回転ディスク電極(RDE)法によって評価されます。しかし、実際の触媒は60-80℃付近で使用されることから、室温における触媒の状態が必ずしも高温で維持されるとは限りません。そこでPt-Pdコアシェル触媒(Pt-Pd/C)に着目し、高温におけるORR活性とPtの電子構造、局所構造に着目することでORR活性を支配する因子について検討を行いました。本研究では、ラボでのRDE評価条件をそのままに、PtのXAFSスペクトルが収集できるようなoperando XAFS実験系を構築しました。従来の計測で問題点であったORR反応条件での反応分布の影響が無視でき、ORR活性値との1対1の対応が可能となっています。スペクトルを解析した結果、コアシェル触媒は温度が60℃になると表面のPt-Pt結合距離がPt/C触媒より伸張し、ORR活性が低下していることがわかりました。(ACS Appl. Energy Mater., 2021, 4, 1, 810 – 818)

operando XAFS測定のセットアップ

 

アイオノマーによる被毒評価法の確立

PEFCの実際の電極は白金系電極触媒とアイオノマーの混合物をイオン電導性の高分子電解膜に接合した、膜電極接合体(MEA : Membrane Electrode Assembly )が使われています。アノード・カソードのいずれの電極反応もアイオノマーと電極触媒の界面において進行するため、アイオノマーの電極触媒に対する吸着現象は電極反応に大きく影響すると考えられています。これまでの研究では触媒表面において白金酸化物の形成やアイオノマーの吸着により活性点が減少し、酸素還元反応(ORR)活性が低下すると考えられてきました。しかし、吸着種の定量的な評価が困難であり、いまだ詳細な理解には至っていません。そこでPt上へのアイオノマーの特異吸着を検証するため、Ptの電子構造の観点から検討を行うため、X線吸収分光によるオペランド測定を行ったところ、これまで評価できなかった0.9 V(vs. RHE)における特異吸着の評価が可能になりました。(ACS Appl. Energy Mater., 2021, 4, 2, 1143 – 1149)

触媒を取り巻くアイオノマーのイメージ図

 

水電解

水素社会を構築するためには、現代のエネルギー消費量に対応できるような速度で効率的かつ安価に水素を大量供給することが不可欠です。水電解では、アノードで酸素発生反応(OER)が起こり、カソードで水素発生反応(HER)が起きます。OERはHERに比べて、4電子が関与する反応であるため速度が遅く、電気分解全体の効率を下げる要因となっています。特にアノード触媒の高活性化・高耐久化は電解効率に直結するため、これまでOER触媒の高性能化に向けた研究開発が行われています。しかし、未だOERにおける電極触媒の活性支配因子の統一的理解や劣化因子について、明らかにはなっていません。それは、電極触媒を構成する元素の電子構造がOER中では、非平衡な状態であり、平衡状態を計測する従来の方法から得られる結果とは全く異なるためです。そこで、アルカリ水電解ならびに固体高分子形水電解触媒材料のOER活性と耐久性について、operando X線吸収分光法を中心とした分析手法を開発し、電気化学測定を組み合わせて、遷移金属の酸化状態や、遷移金属3d軌道と酸素2p軌道の混成状態などの電子構造を動的に解析する手法を開発しています。さらに、触媒特性と電子構造の相関関係を明らかにすることで、反応機構を本質的に理解し、新たなOER触媒の設計指針確立を目指しています。

全反射オペランドXAFSによる触媒表面構造解析

粉末触媒の場合、多くの解析法はバルクの情報も測定するため、反応活性サイトの情報を抽出することは困難です。そこで、本研究では薄膜電極を用い、パルスレーザー堆積法により合成したペロブスカイト型La1-xSrxCoO3-δ薄膜を検討した。operando X線吸収分光法(XAFS)とオペランド全反射蛍光X線吸収分光法(TRF-XAS)を組み合わせることにより、表面数nmの酸化状態の変化を観測することに成功しています。 (ACS Appl. Energy Mater. Article ASAP)

オペランド全反射蛍光X線吸収分光法
(TRF-XAS)のイメージ図

アルカリ水電解用触媒の活性と劣化

本研究では様々な触媒に対する活性と劣化を検討している。①層状岩塩型LiNiO2触媒の酸素発生活性と劣化について、カチオンミキシング量との相関を議論した。②LiNi0.5Mn1.5O4スピネル型酸化物中のNiイオンの状態を定量的に変化させ、Ni4+の酸素発生活性を明らかにした。③CaMn7O12四重極ペロブスカイト型酸化物を骨格とする触媒材料の活性が隣接Mn-Mn距離によって決まっていることを実験的に明らかにした。現在、様々な組成のペロブスカイト型酸化物についても検討を行っている。(ChemElectroChem, 2020, 7, 1 – 8, ACS Appl. Energy Mater., 2021, 4, 10, 10731 – 10738, ChemElectroChem, 2021, 8, 23, 4605 – 4611

固体高分子形水電解用酸化イリジウム触媒の活性

固体高分子形水電解用の実用触媒としては、OER活性と耐久性を加味して酸化イリジウムが唯一の選択肢となっています。しかし、酸化イリジウムの高いOER活性の起源については、未だ明らかになっていません。それは、触媒用途の酸化イリジウム触媒は、結晶性が低い材料であるため、従来の回折法による構造解析が困難だからです。そこで本研究では高エネルギーX線回折法と二体相関関数解析により、高活性な酸化イリジウム触媒が、通常の結晶相とは異なる新規な相を有することを明らかにしつつあります。さらに、酸素の電子構造を解析するためのoperando O K-edge XAFS用セルを開発し、世界でも数少ない”電解中”の酸素の状態をオペランドで計測できるシステムを開発しました。

水電解用酸化イリジウム触媒のイメージ図

 

 

研究成果